• 1.01 (日)
  • 18.00
  • ケルン
    ·ケルン・フィルハーモニーホール

ニューイヤーコンサート

プログラム

    • チャールズ・アイヴズ (1874–1954)
    • 答えのない質問
    • ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (1685–1750)
    • ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041
    • バシアーナス・ブラジレイラス第6番
    • アヴネル・ドルマン (*1975)
    • マンドリン協奏曲
    • ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
    • チェンバロ協奏曲第1番 ニ短調 BWV1052
    • フランツ・シューベルト (1797–1828)
    • 交響曲第6番ハ長調 D589「小ハ長調」

ヴァイオリン

フロリアン・ドンデラー

ベルリンとロンドンで学んだ後、ベルリン芸術大学でトーマス・ブランディス教授のアシスタントを務めたドンデラーは、既に学生時代からベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーの奨学生として演奏経験を積んだ。アンサンブル・オリオール・ベルリンでコンサートマスター、そしてソリストとして活躍の後、1999年にコンサートマスターとしてドイツ・カンマーフィルに入団。芸術監督の役割もこなすコンマスとして知られるように。その手腕を買われ、スコットランド室内管弦楽団、タリン室内管弦楽団、カメラータ・ベルンなどとも共演している。

さらに、タリンのヤルヴィ・フェスティバル、ウルティマ・オスロ現代音楽祭、ヘルシンキ古楽週間、ムジーク・トリエンナーレ・ケルン、ハイムバッハのシュパヌンゲン音楽祭ほか、数多くの著名音楽祭に室内楽奏者あるいはソリストとして客演を重ねている。

ネーメ・ヤルヴィ、パーヴォ・ヤルヴィ、レオニード・グリンの薫陶を受け、指揮者としての腕にも磨きがかかり、近年その力量をますます発揮している。ベルリン・フィルハーモニー・ホールでアンサンブル・オリオールとソプラノ歌手クリスティアーネ ・エルツェを指揮し、本格的な指揮者デビューを飾った。ドイツ・カンマーフィルがタニア・テツラフをソリストに迎えたCD録音の際にも指揮台に立っている。その他、地元ブレーメンではゼンデザール・ブレーメン(ブレーメン放送ホール)における室内楽演奏会シリーズ「residenz@sendesaal」の芸術監督を務める。

マンドリン

アヴィ・アヴィタル

マンドリン奏者として初めてグラミー賞にノミネートされたアヴィタルは、世界的にも注目を浴びているマンドリン界の「親善大使」。その情熱と「爆発的でカリスマ性にあふれる」パフォーマンス(ニューヨーク・タイムズ紙)でマンドリン界のレパートリー再評価の動きを牽引している。

ロンドンのウィグモア・ホール、ロイヤル・アルバート・ホール、そしてベルリン・フィルハーモニー、フィルハーモニー・ド・パリ、チューリッヒ・トーンハレ、ニューヨークのカーネギー・ホールなどでの演奏は、世界中を興奮の渦に巻き込んだ。マーラー室内管弦楽団からイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団まで著名オーケストラとの共演も数多く、国際音楽祭にも頻繁に客演。

アンドレアス・ショル、ファン・ディエゴ・フローレス、ドーン・アップショウなど、多岐にわたるジャンルの一流アーティストたちとこれまで舞台を共にしている。最近ではウード奏者にしてバシストのオマー・アヴィタルとコラボレーションし、室内楽の繊細な技巧とジャズやワールドミュージックの生々しいエネルギーを見事に融合させた。

ドイツ・グラモフォンと専属録音契約を結んだ初のマンドリン・ソリストで、2015年リリースの最新アルバム「ヴィヴァルディ」はエコー・クラシック賞に輝いた。エコー賞はデイヴィッド・オルロフスキ・クレツモリム(後にトリオとなる)との録音で2008年に初受賞している。

イスラエル南部のベエルシェバに生まれ、8歳でマンドリンを習い始める。当時師事していたシムチャ・ナタンソンが設立したマンドリン・ユース・オーケストラに加入。エルサレム音楽アカデミーに通ったのち、イタリア、パドヴァのチェーザレ・ポッリーニ音楽院でウーゴ・オルランディに師事し、マンドリンのオリジナル・レパートリーを学ぶ。2007年にはイスラエルの有名なアヴィヴ・コンクールで1位を獲得し、この賞を受賞した最初のマンドリン奏者となった。

使用楽器は、イスラエルのヴァイオリン製作家アリク・ケルマンの手によるマンドリン。

ヴァイオリン

フロリアン・ドンデラー

ベルリンとロンドンで学んだ後、ベルリン芸術大学でトーマス・ブランディス教授のアシスタントを務めたドンデラーは、既に学生時代からベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーの奨学生として演奏経験を積んだ。アンサンブル・オリオール・ベルリンでコンサートマスター、そしてソリストとして活躍の後、1999年にコンサートマスターとしてドイツ・カンマーフィルに入団。芸術監督の役割もこなすコンマスとして知られるように。その手腕を買われ、スコットランド室内管弦楽団、タリン室内管弦楽団、カメラータ・ベルンなどとも共演している。

さらに、タリンのヤルヴィ・フェスティバル、ウルティマ・オスロ現代音楽祭、ヘルシンキ古楽週間、ムジーク・トリエンナーレ・ケルン、ハイムバッハのシュパヌンゲン音楽祭ほか、数多くの著名音楽祭に室内楽奏者あるいはソリストとして客演を重ねている。

ネーメ・ヤルヴィ、パーヴォ・ヤルヴィ、レオニード・グリンの薫陶を受け、指揮者としての腕にも磨きがかかり、近年その力量をますます発揮している。ベルリン・フィルハーモニー・ホールでアンサンブル・オリオールとソプラノ歌手クリスティアーネ ・エルツェを指揮し、本格的な指揮者デビューを飾った。ドイツ・カンマーフィルがタニア・テツラフをソリストに迎えたCD録音の際にも指揮台に立っている。その他、地元ブレーメンではゼンデザール・ブレーメン(ブレーメン放送ホール)における室内楽演奏会シリーズ「residenz@sendesaal」の芸術監督を務める。